カメラと網膜、カメラと視神経、カメラと脳をつないで、視力を失った人が「目」の代わりにカメラを使用して視力を得るという日が 22世紀か23世紀に来ると、ボクは思います。

カメラと網膜、カメラと視神経、カメラと脳をつないで、
視力を失った人が「目」の代わりにカメラを使用して"視力"を得るという日が22世紀か23世紀に来ると、ボクは思います。

人間を含む生き物の「目」と「カメラ」(デジカメ・デジタルカメラ)はとてもよく似た構造をしています。
カメラには、「レンズ」「イメージセンサー」という2つの構造があるのですが、
それが人の「眼球」と「網膜」に相当します。
そしてイメージセンサーから伸びる細い線でカメラの液晶に撮影した画像を映し出したり、メモリーカードに記録したりというのが、
人でいうところの、「視神経」「脳」に相当します。

人の神経の活動も「電気信号」で成り立っていて、人の活動は全て電気信号あってのものだと言えます。

機械の電気信号と、人の神経の電気信号を同調して繋ぐという技術が確立されて、
目が見えない人でも、特殊なカメラと網膜、特殊なカメラと視神経をつなぐことにより、
普通に目が見える人と同じように、さらには人の能力を超えた視力を得る日が、遠い未来に来ると自分は考えています。

それが、22世紀なのか、23世紀なのか、24世紀なのか、25世紀・・・またはさらにずっと先の例えば 西暦4126年、西暦5963年 なのかは分かりません。
ですが、必ずその時は来ると思っています。

聴覚(耳、音)もおそらく同じ感じになるのと、
嗅覚(鼻、におい)、味覚(舌、味)、触覚(肌、感触)
も順に同じようになっていくのではないかと考えています。

数百年後、数千年後の地球、人類を想像しては何かとてつもない恐怖感に押しつぶれされそうになる日があるのは自分だけでしょうか。もし自分と同じような人がいてくれたら嬉しいです。

 

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